
祖母、孫殺害事件の経過
【茜ちゃん彩菜ちゃんに対する殺意発生時期】
被告は公判において、啓子さん方の寝室に侵入し、啓子さんの首に手をかけようとしたとき、茜ちゃん彩菜ちゃんが隣に寝ているのに気が付いたが、目の前の啓子さんを殺害することしか考えられなかった。啓子さん殺害後、2人が目を覚まし泣きながらそばに来たので、騒がれて近所に気付かれるととっさに考え、殺害を決意したと供述している。
他方、捜査段階では、啓子さんを殺害する前に2人を発見した際、「できれば子供は殺したくはないけれども、目を覚ましたらそんときは仕方がない、3人をまとめて殺してしまえ」と考えたと供述している。
しかし、啓子さんを殺そうとしている被告が、目を覚ましたら茜ちゃん彩菜ちゃんを殺してしまおうと瞬時に冷静に考えたというのは、被告の知的能力が低いことを考えるとやや不自然。2人に対する殺意の発生時期は、公判供述の方が信用でき、2人に対する殺意が生じたのは、啓子さんを殺害した後、2人が目を覚まして泣きながらそばにきたときだ。
【責任能力の判断】
被告が犯行に及んだ動機は了解可能なもので、あらかじめ計画を立て、周到かつ綿密な準備を行っている上、犯行態様も啓子さんを殺害し、自己の犯行発覚を防ぐことを目的としたもので、殺害後は現実的、合理的な犯行隠ぺい行為をしている。
また、被告の精神鑑定内容には高い信用性が認められる。被告は61歳に至るまで通常の社会生活を送ってきた。これらを併せ考えると、犯行当時、被告は知能の程度が健常者と軽度精神遅滞者の境界領域に位置していたものの、これが行動に著しい影響を及ぼしたことはなく、完全責任能力を有していたと認められる。
弁護人は、被告は知的能力が低く、特定不能の広汎性発達障害がある可能性があり、犯行当時、悪いことと分かっていても行動を制御することが著しく困難だった。特に茜ちゃん彩菜ちゃんが啓子さんのそばで寝ているのに、思考と行動の修正が困難である認知特性により啓子さん殺害を思いとどまることができず、2人をも巻き添えにしてしまったと主張する。
しかし、鑑定では被告が特定不能の広汎性発達障害であると診断することはできず、その可能性があると認められるにとどまる上、仮に特定不能の広汎性発達障害があったとしても、これまで破たんすることはなく社会生活を営んでおり、本件犯行における被告の行動に与えた影響は著しいものではないとしている。この推論過程に不合理な点はなく、仮に被告が特定不能の広汎性発達障害だとしても、心神耗弱の状態であったとは到底いえない。
【量刑の理由】
被告が、啓子さんに金銭的な迷惑をかけられたと思い込んだことは認められるが、果たして被告人が思い込んだ通りであったのかは必ずしも判然としない。このような事情がいやしくも人1人の殺害を決意させるほどの事情とは到底思われない。
また、被告は啓子さんを殺害した後、茜ちゃん彩菜ちゃんが目を覚まし、泣きながらそばに来たことから、騒がれて近所に気付かれるととっさに考え、自己の犯行発覚を防ごうと2人を殺害した。被告が犯行に及んだ動機は、極めて身勝手かつ自己中心的なもので、酌量の余地は全くない。
自己の犯行を隠すため、ちゅうちょすることなく、恐怖で泣き叫ぶ罪のない幼い子供たちに攻撃を加えた被告の行動をみると、被告には小さく弱いものに対する情といった人間性のかけらも見いだすことはできない。犯行態様は執拗(しつよう)かつ残虐極まりない。
■結果の重大性、遺族の被害感情
啓子さんが被告に襲われた際に味わわされた恐怖や突然殺されなければならない理不尽さに対する憤りは察するに余りがあり、また、死の間際に、自分のことよりも孫2人の安否を気遣ったであろうその心情を思うと、その悲壮さに胸がつぶれる思いを禁じ得ない。
茜ちゃん彩菜ちゃんの襲われた際の恐怖心や苦痛、幼くしてその人生を閉じざるを得なかった無念さ、そして自分の運命の理不尽さに対してなすすべもない無力感などを思うと言葉を失うほかはない。
残虐な犯行により、3人もの愛する家族を失った遺族らの悲嘆、衝撃、憤りの激しさがいかに甚大であるかは言うに及ばず、その悲痛な胸の内は計り知れない。遺族らの処罰感情は極めて峻烈(しゅんれつ)で、遺族らが被告に対して極刑を求めるのも当然。
■被告に有利な事情
被告は茜ちゃん彩菜ちゃんに対する謝罪の言葉を述べ、遺族らに謝罪文を送付している。犯行の被害弁償金として遺族らに150万円の支払いを申し出ている。これまで前科前歴がない。
被告は知能の程度が低いため、精神的な成熟性が一般人に比べて十分ではなく、そのため犯行時の行為制御能力にある程度の障害を被っていた。そして、知能の問題に伴う境遇、特に長年仕事を続けてきたものの、さほど給料は高くなく、経済的にもつましい生活を送るなかで、金銭に執着し、貯金もなくなったばかりか、亡妻が被告に無断で借金をしていたといった問題にうまく対応しきれなかった点には同情を覚える。
被告が啓子さんの隣で茜ちゃん彩菜ちゃんを発見した際に、啓子さんの殺害を思いとどまらなかった点については、一度決めてしまったら変更が容易にできないという性格(認知特性)によるものといえ、これは特定不能の広汎性発達障害が影響している可能性も否定できない。
弁護人は、社会常識的にみた被告の精神年齢は15歳程度だと鑑定人が供述していることなどを根拠に、「罪を犯すとき18歳に満たない者に対しては、死刑をもって処断すべきときは、無期刑を科す」と定めた少年法51条一項の趣旨や精神を準用、類推適用すべきと主張する。
しかし、同項の立法趣旨は、可塑性に富み、教育可能性の高い少年に対しては、より教育的な処遇が必要・有効であること、人格未熟さから責任も成人より軽い場合があることなどを考慮して、犯行時18歳未満の者に対する刑を緩和したものと考えられる。
被告は犯行時61歳で、それまで約45年間にわたって会社で稼動し、結婚して2人の子供を養育するなど、豊富な社会経験を積んできた。鑑定人が社会常識的にみた被告の精神年齢が15歳程度であると判断したという一事をもって、被告の精神的成熟度を18歳未満の少年と同視することは困難。
【結論】
本件の罪質、動機、経緯、態様、結果の重大性、被害感情などにかんがみると、被告の刑事責任は誠に重大。その刑事責任の重大性に照らして死刑を選択する以外にない。
【→参照記事】